INTERVIEW

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「楽しい」が「おいしい」になる。
西洋料理の匠、
毛塚智之シェフが
考える食と環境の重要性

パレスホテル大宮

毛塚智之

総料理長

丸の内「パレスホテル東京」伝統の格調高いサービスを提供する、都市型多目的ホテル。宴会はもとより、ホテル内の7店舗の直営レストランを統括する毛塚智之総料理長は、ホテル内だけでなく、お客様のご自宅での出張シェフ、子ども達への食育セミナー、後進の育成などにも力を注ぎ、一般社団法人「全日本司厨士協会」国内審査委員も務めています。また、栃木県未来大使に任命されているほか、2014年には「埼玉の名工」を西洋料理界より埼玉県で初めて受賞。2020年には「第25回ドイツ世界料理オリンピック」の日本代表チームリーダとして活躍しました。オージーラムの伝道師「ラムバサダー」としても活動しています。

いかに楽しい食事の環境をつくり上げるかが大切

-改めて、シェフのプロフィールを教えてください

高校卒業後の1986年に、先日閉館した九段下「ホテルグランドパレス」の門を叩きました。ただ当時は料理人の数自体が多くて調理場には入れず、配属されたのは客室担当です。今は専門の業者さんに外部委託をしていますが、当時は従業員が清掃やベッドメイクなどをしていました。料理をしたかったですけど、そのころはペンションブームだったので「いつか客室の仕事が役に立つかもしれない」と思って励んでいましたね。

本当は、フランスに行きたいと思っていたんです。80年代なかばは三國清三シェフが「オテル・ドゥ・ミクニ」を、勝又登シェフが「オーベルジュ オー・ミラドー」を開業するなど、日本のフレンチが新たな一歩を踏み出した時代でしたから。でもあてがなかったので、まずはホテルで学ぼうと思ったのです。いざ入社したら配属先が客室だったんですけどね。

数カ月後、当時「パレスホテル東京」が運営していた「エルバ」というレストランが赤坂にあり、同店のサービス担当に配属されました。最初の転機はここですね。シェフから、「開業前の早朝なら調理場に入っていいよ」と言ってもらえたのです。千葉の検見川に住んでいましたが、そこから始発に乗って毎朝6時から10時まで仕込みをさせてもらいました。

入社して2年目には晴れて「パレスホテル東京」の厨房に。しかも最も格式高いフレンチの「クラウン」に、20人ほどの新人がいた中で抜擢していただいたのです。あとから聞いたら、身だしなみがよかったからだと聞きました。それもあって、今でも身だしなみには気を遣っています。

「パレスホテル大宮」は開業と同時の、1988年4月に配属となりました。その後は館内の和洋中さまざまなレストランで学んだり、宴会担当を任せていただいたり。そうして、2017年の9月に総料理長の任命をいただき、今にいたります。

-「パレスホテル大宮」の料理とは?

大前提としては、東京より味の想像がしやすい、わかりやすい料理になっています。たとえばハンバーグ。同じ挽肉でも包み込んだり煮込んだりということはあまりせず、王道のグリルで提供するということですね。それでいて飽きることがないよう常に新しい発想を取り入れ、フェアを打ったりダイレクトメールでお声がけしたりしています。

パレスホテルの名物は「舌平目の洋酒蒸し ボンヌファム」。肉料理ですと「ローストビーフ」です。こういった伝統的な一皿も大切ですが、時代に合わせたメニュー作りも欠かせません。バターを抑えたり、ソースに野菜を駆使して軽やかな味わいにしたり。常にアップデートしていくことが、スペシャリテにつながると考えています。

地元・埼玉の素材をふんだんに盛り込む、地産地消もコンセプトのひとつです。有名な深谷のネギだったり、岩槻の「さいたまヨーロッパ野菜」だったり。たとえばウェディングに関しては、新郎新婦のどちらかが埼玉でどちらかが他県出身というケースが多く、そういった場合は埼玉の食材に、山形のお米だったり石川の魚介類を使ったりして、各故郷のストーリーを司会が解説して披露宴の演出をさせていただきます。新婦の祖父母が育てたホウレン草を使わせてもらう、なんてこともありますね。

とはいえ、ホテルレストランやウェディングでそのようなことをするのは珍しいかもしれません。あらかじめ決まった素材を使い、一定期間は同じメニューで同じ味を提供するという考え方があるからです。でも私はそれが疑問でした。素材は四季によって旬が変わりますし、天候によっては収穫できない日があるからです。料理のおいしさを求めるなら、生産者さんの想いをくみ取りつつ、その季節で一番の素材を使うことがベストだと。だから私は作り手と素材、そしてお客様と対話することを重んじています。よく言われました「ホテルのシェフが農家の畑や市場に来るなんて珍しいね」と。

レストラン発信の介護食にも力を入れています。低温真空調理法、ピューレ、ジュレなどフレンチの技法を使って食べやすく、飲み込みやすく仕立てるのです。先駆者は「東京ステーションホテル」の石原雅弘総料理長ですね。勉強になりました。

料理は食感や味だけではありません。盛り付けや色、香りなどでも作り手の想いは伝わります。要介護の方とそのご家族が同じテーブルで、調理法は違えど見た目は変わらない料理を提供することができますし、そうして喜んでいただくことが、私たちの作る喜びとなるのです。毎年行っている、支援学校におけるシェフ給食も継続していきたいですね。

-その哲学が「食は楽しいが原点であり想いと言う最高のスパイスと共に」という座右の銘につながっていると

はい。いかに楽しい食事の環境をつくり上げるか、ということですね。たとえばまったく同じ料理が提供されたとしても、冠婚と葬祭では感じる味が違います。100人の宴席で楽しく味わうシーンと、黙って1人で食べるシーンでは、同じ料理でも味や記憶は変わるでしょう。それぐらい環境が大切であり、「楽しい」があってこそ「おいしい」につながるのです。

そのうえでの哲学は、素材を生かすこと。生産者さんと対等な立場で向き合い、対話することで作り手の想いを知り、私たち料理人と想いを共有することです。対等というのは、取引の面でも同様ですね。どちらか片方が優位に立つ関係は長く続きません。生産者さんと料理人がフェアな関係で助け合い、互いの業界を盛り上げていくことが、食の未来に大切だと思っています。


-ゴールデンマスタードと出合ったきっかけは?

「全日本司厨士(しちゅうし)協会」の福士誠シェフのお誘いで、赤羽で開催されていたマルシェで初めて味わいました。「ゴールド」が乗ったバゲットを食べたのですが、プチプチとした食感でおいしいというのが第一印象です。その後業務用の大瓶サイズを相談し、作っていただきましたね。

今私がメインで使っているのも「ゴールド」です。スタンダードなフレーバーなので応用が利き、どんな料理にも使えますから。現在はたとえば、ウェディングメニューのメインディッシュのお肉に添えています。

家庭で楽しむなら、それこそバゲットに乗せたりマッシュポテトに混ぜたり、ローストポークに添えたり。ワインに合う最高のおつまみになると思います。

-コロナ禍により宿泊やブライダル、飲食業が転換期を迎えています。未来をどう捉えていますか?

原点に返るきっかけになり、勉強になりました。改めて、生産者さんをはじめビジネスパートナーとの信頼関係の大切さに気付かされましたし、絆も生まれましたね。

一方で、SDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)が世界的なテーマであり、食の業界も転換期を迎えています。つくる責任、つかう責任、海や陸の豊かさを守ろうと。

この点においてはフードテックの技術が進歩し、有名な食材でいえばプラントベースドミートのような代替食品も生まれています。そこで料理人にとって大切なことは、革新的な素材のおいしさや調理法を熟知したうえで、ハラルフードやヴィーガンなどの考え方に寄り添うとともに、肉や大豆本来のおいしさも伝えていくことだと思います。

料理人も温故知新です。最先端に目を向ける一方、料理の基本や伝統、文化をおざなりにしては革新も生まれません。私も現役ですが、次世代に作る楽しさや喜び、食の面白さをいっそう伝えていきたいです。

パレスホテル大宮

埼玉県さいたま市大宮区桜木町1-7-5